黄金町駅

概要

ウィキペディア「黄金町」によると・・・(太字は総裁註)

京浜急行電鉄(以下京急線)黄金町駅付近一帯は1945年の横浜大空襲で壊滅し、戦後は ヒロポンや麻薬の密売所と非合法の特殊飲食店街(いわゆる青線地帯)に様変わりした。特に昭和20年代は、京急線の高架と平行する大岡川を境界に密売組織による縄張り争いが頻発した。警察官の巡回すら身の危険を感じて出来ない程荒んだ環境であったという。

「ちょんの間」と呼ばれる黄金町の特殊飲食店街は1958年の売春防止法施行後も相当な規模で存在し続けた。2000年頃までは京急線の高架下とその周辺で、高架下から排除された後も高架の周辺でおよそ250店の規模で賑わっていた。娼婦が店頭で客を引き、客は1万円程度の対価を払い、三畳ほどの狭い部屋で売春行為を行った。昭和20〜40年代は日本人娼婦が跋扈したが、昭和50年代に入ると台湾人女性の姿を目にするようになり、つづいてタイ人女性が増えていった。その後娼婦の多国籍化が進み、川崎市堀之内の「ちょんの間」街や相模原市上鶴間本町の「たんぼ」同様、中国や東南アジア、中米出身の女性が主体となり、日本人女性は少数派となった。

関東一の規模で人気を誇った黄金町のちょんの間であったが、2009年の「横浜開港150周年」に向けて街のイメージアップを図るため、2005年1月11日より、「バイバイ作戦」と名づけられた警察による集中的な摘発がはじまった。この結果同年8月までに全店が閉店した。

・・・これは全鉄の駅に相応しいではないか。
というわけで採用した次第。

駅情報

駅周辺


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Last-modified: 2011-06-03 (金) 22:08:59 (3084d)